生命のながれ

  • 2018.07.11 Wednesday
  • 09:32

生命のながれというものは、実に悠々
とした、それでいて穏やかな流れであります。


それは、我々のいのちの源である大生命が、
全く愛とゆるしにみちた寛やかさそのもので
あるからであります。


この寛やかさのなかに入ること、それが
信仰でありまして、信仰とは、大生命の流れに
入り切って、神様の愛の光を浴びるということ
なのであります。


愛というものは、これはもう理屈では
ありません。抱きしめて抱きしめて、そうして、
その一人びとりのいのちの流れを見守っている。
これが神様の愛、宇宙の大元を保っている
調和の源なのであります。


で、この愛の光と申しますものは、すべて
我々のいのちの中に入っている。我々は肉体で
生きている、身体が動いて心臓が動いて生きて
いると思うけれども、実は、その奥底は、
神様の愛の光によって生かされている生命
なのであります。


神様の愛念が、私どもに及ばなければ、
この指の一本だって動きはしない。神様に
隷属する生命だというのではなく、
とてつもなく寛やかなほがらかな神の愛の
光が、私どもを生かしめ、動かせている
ということなのであります。


何故なら、私どもは、神様の子ども
なんだから。分生命(わけいのち)であり、
分御霊(わけみたま)なんだから。
分かりますか?私どもは、神様の光の
ひと筋なの。私達のふるさとは神様

なんです。私達の親、両親は神様なんだ。

で、この神様という方はね、人間が、

地上で暮らすために身につけた肉体を、

自分自身だと思いまちがえて、そのために、

いくつもの苦しみや、あやまちを何億回

くり返して来たことをようく知って

いるんですよ。

だから、何とか、お前達の帰る所はここだよ、

こっちこっちとまねいてまねいて、導いて、

本体は決して迷いも疑いも何にもない

ひかり輝く生命だということを知らせるためにね、

そのために、わたくしが来たんです。

そのために世界平和の祈りを下さったんです。


世界人類が平和でありますようにって
祈りましょう。あの世界人類が・・・の祈り言をね、
口にしますと、それはそのまんま、我々の本心、
本体、我々の持っている、宇宙までずっと
しみとおって、その奥のからだ(悟っている、
分かっているからだ)と、我々の肉体が
唱和する。そうすると、肉体は、普段は
我にとり囲まれて、がんじがらめになって
いるものですけれども、世界平和の祈り
のような、すべてをずーっと浄めてゆく、
そういう祈り言にすっぽり包まれることによって、
その肉体をおおっている我が浄まるんです。


そうしますとね、この我ってものはですね、
我々が何十回、何百回、何千回
生まれかわって身につけて来た、いうなら、
現世にいたるまでの魂のアカですわね、
それが浄まるってことは、それは、過去世が
浄まるってことなんですよ、分かります?
皆さんは、五井昌久っていう、私という人間に
ここでこうして会って、世界平和の祈りに出合う
そのために、ずーっと今まで苦労を
して来たんですよね。御苦労様でした。
だけどね、過去世を浄めて、そうして、今、
皆さんはここにこうして現在生きてる
訳でしょ。それじゃ、何のために過去世を
浄めるかというとですね、それは、神様の
受け器として、皆さん一人ひとりが、
持ち場持ち場で十分に働いていただく

そのためなんです。


だから、世界平和の祈りというのは、過去世
ばかりじゃなく、現在につながって、我々を
本当に生かしめてゆく祈りなんです。


じゃあ、現在、現在が過ぎればどうなるんだ
ということですけれども、私がいつも申して
おりますようにね、生きかわり死にかわりじゃ
ないけれど、我々のこのいのちというのは、
永遠でしょ。生き通しのいのちですよね。


だから、向こうへ行っても修行がある。何の
ための修行かというと、素になるための
修行ですよね。そのまんま、ありのままに
自分のいのちをよろこび、他人(ひと)の
いのちをよろこび、自然にとけ入り、草木に
とけ入り、空にとけ入り、ね、神様のいのちの
一部なんだということをよろこぶ。よろこべる、
そうなるための修行がありますよね。人間
というのは、ずっとずっと進化してゆく
わけだから、そして、向こうへ行ってもね、
その進化した分、光が強くなって、それが愛
となって、地上にふりそそぐわけ。その愛の
エレベーターが世界平和の祈りですよ。


ですから、世界平和の祈りは、過去現在
未来をつらぬいている大きな深い祈りなんです。
そして、決してうばわれることのない
本心本体の光明は、宇宙の兄弟たち、そうして、
大神様につながっていますから、我々が、今
ここで唱える祈りは、宇宙に鳴りひびいて、
この身このままで、生命のながれのなかに
もう抱きとられているわけです。
よろしゅうございますか?


それではどうもありがとうございました。
  昭和63年1月14日 午前
        五井 昌久

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