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- 2024.01.16 Tuesday
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水者今昔不問唯澄己
人間生者心裡満光岩
水は今昔を問わず唯己れを澄ます。
人間の生(いのち)も心のうちにみちて
光のごとし。
水は、時を問わず、今とか昔とかに
とらわれずに、ただ自分自身をすませている。
それとおなじように、人のいのちも、本心に
みちみちて、ながれゆく神の光のようである。
神慮難計然其内百代乃
光者今日是人乃生命
神慮計り難し。然れどもそのうち
百代の光は今日これ人の生命なり。
神のみこころというものははかりがたい。
しかしながら、神から放射された光が
ながい歳月ののちに、今日の私達の生命
となっていることも、神慮のひとつである。
我々は、この神慮を受けて、生き、
生かされている者なのである。
恵風戦万物息為云
是者久遠乃光生命
風は恵みのうちにそよぎて
万物を息(いこ)わすると云わん。
こは久遠の光の生命なり。
風は神の恵みの、みこころのうちに
吹ききたって万物をいこわせる。
この風景こそ久遠の生命の
すがたである。
不言裡在神意在常
傍汝守愛以心
不言の裡に神はいます。神の
意(こころ)つねに汝のかたわらにあり、
愛の心をもって汝を守る。
言葉というものをつらぬいた光の
流れのなかに神の心はある。
そのこころは、いつもあなたの
かたわらで、愛とゆるしのこころを
もってあなたを守りつづけている。
太初者無始無終神之愛出自即之也
宇宙人者神之大愛之造化大元者霊
大元之光以顕神相也
太初は無始無終の神の愛より
出ず すなわち宇宙これなり。
人は神の大愛の進化にして
大元は霊。大元の光をもって
神の相を顕わすなり。
すべてのはじまりははじめなく
おわりなき神の愛から出現した。すなわち
宇宙である。
人は、この神の極みのない大愛から
分けられたものであって、もともとは霊
であり、大元の崇高な光をもって神の
すがたをこの世界にあらわしてゆく
ものである。
一木一草分生命是神
真実者諸々命呼声神
一木一草これ神の分生命。
真実は、神の諸々の命の
呼声にあり。
一木一草に至るまで、すべては神から
分かれてきた生命なのである。
我々の生命がいかされているという
真実の相(すがた)は、神(神々)が、
つくられた一つ一つのものに対する愛の
呼びかけに応じて、我々の奥の奥が
よろこんで働いているということ
なのである。
大小何以論乎寶財何以則乎神之
則無総生命者混沌生自
大小何を以て論ずる乎。宝財
何を以て論ずる乎。神これ
すべての生命は混沌より
生ずるよりなし。
この世界で、何を基準に大小を
論ずるのか。また何をもって宝と
するのか。これらはすべて人の我である。
神の世界、また、我々すべての生命の
元の元は、混沌(はじまりなくおわりなき
世界)から生じてきた。生命の出発点は
ここ以外にないのである。
友逢喜似自然之内神之相思也
自然のうちの神の相(すがた)
を思うや、友に逢う喜びに似る。
大自然の草木など、あらゆる生きづきの
なかに、たしかに働いておられる神の
すがたをみることは、友に出会う
よろこびに似ている。
神之愛者保宇宙之万法照本心
人永遠之流入
神の愛は宇宙の万法を保ち
本心を照らして人を永遠の
流れに入らしむ
神の愛は、愛そして調和、真善美という
宇宙の万法の柱であり、その愛は、我々の
本心を照らして、人を神の大光明心という
永遠の世界へとみちびいてゆく。
神対目上歎語又可也神之
愛之歎計知可也
神にむかいて目を上げ、
言葉をもって歎くも又可なり。
神の愛の計難きを知るべきなり。
神にむかって怨みつらみをいうことも、
神はゆるされている。そこを通って
本当の進化ができることを知って
おられるからだ。人は神の愛の計り
がたき迄に深いことを知るべきである。
すべてのことはゆるされて、あなた方は
本心へと上ってゆくのである。